端午の節句の由来を、子供向けに簡単に紹介してみた!!

5月5日は「端午(たんご)の節句」ですね。

こどもの日や男の子の日とも言われます。

この日は、こいのぼりや五月人形を飾ったり、チマキや柏餅(かしわもち)を食べたり、菖蒲(しょうぶ)湯に入ったりします。

なぜそんなことをするの?
それ以前に端午の節句ってなんだ?
なんで5月5日?

などと、疑問に感じたことはありませんか?

僕は、ちょっと気になってしまいました。

なので、調べてみることにしました!

調べた結果を簡単に子ども向けに紹介したいと思います。

自分の子どもに教える時や、幼稚園・保育園で教える時などの参考にしてくだい。

というわけで今回は・・・

端午の節句のいろんな由来を子供向けに紹介する!!

と言う内容で書いていこうと思います。

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端午の節句の由来とは??

まずは、「端午の節句」の由来を紹介していきましょう。

「端午の節句」という言葉のなかで注目してほしいのが、「端午」という言葉です。

ただ「の節句」をとっただけじゃないか!

ツッコミはコメントにて受け付けております(笑)

話を戻しましょう。

「端午の節句」の由来は、「端午」の意味を知ると分かってきます。

「端午」の意味は??

時は、まだ月日を数字で数えていなかった時代。

この頃は、月日を数字ではなく「十二支」で数えていました。

みなさんも良く知っている「〇〇年」で使われる十二支です。

その頃のカレンダーはこうなっていました。

子(ね):11月
牛(うし):12月
寅(とら):1月
卯(うさぎ):2月
辰(りゅう):3月
巳(へび):4月
午(うま):5月
羊(ひつじ):6月
猿(さる):7月
酉(にわとり):8月
犬(いぬ):9月
亥(いのしし):10月

それぞれの月に当てはまる十二支がいたんですね。

ここからが大事なお話です。

赤くなっている「5月」に注目してください。

5月の十二支は「午(うま)」ですね。

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この漢字どこかでみたことがありませんか?

そう!「端午」の「午」の字ですね!

「端午」には「」という数字が、かくれていたんです!

では「端」はなんでしょうか?

「端」には、はしっこだから「始まり」という意味があります。

このことから、「端午」という言葉が「毎月の5日」をあらわしていることが分かります。

でも、これでは「毎月の5日」が端午の節句になってしまいます。

今は「5月5日」なのに・・・。

それにも、ちゃんとした由来があります!

端午の節句が5月5日になったのは??

その昔、5月(午の月)の5日(午の日)は、午の日の節句としてお祝いをしていました。

まだこの頃、5月5日は「端午の節句」と呼ばれていませんでした。

だって端午の節句は「毎月の5日」のことですからね。

しかし、だれが言いだしたかは分かりませんが・・・

端午の午って5月と同じ漢字だよね
だから、それに合わせて、端午の節句は5月5日にしよう

こんなことを言いだします。

午の月が5月、午の日も5日、端午には「午」が入ってる、たんなる語呂合わせです(笑)

意外なことに、これが世の中に広まっていくんです。

そして「端午の節句」は「5月5日」になったんですね。

端午の節句が5月5日になったのは、「語呂合わせ」が由来だったんです!

昔の人も面白いことを考えますよね(笑)

ちなみに、3月3日・7月7日・9月9日も同じように〇〇の節句と呼ばれています。

そういえば、端午の節句は「男の子の日」とも言いますよね。

もともとは、ただのお祝いだったものが、なぜ男の子の日になったのでしょうか?

これも、くわしく見ていきましょう!!

なんで男の子の日なの??

いま端午の節句では、「菖蒲(しょうぶ)湯」に入ったり、こいのぼりや五月人形を飾ったりします。

これは、中国から伝わったとされています。

中国では端午の節句を、悪いことをはらって健康をお祈りする日としていました。

薬草をつんだり、ヨモギで人形を作ったり、菖蒲(しょうぶ)酒を飲んで、お祈りしていたそうです。

これはヨモギや菖蒲に、悪いことをはらう力があると考えられていたからです。

これが日本に伝わり、広まっていったんです。

伝わったのは奈良時代とされています。

鎌倉(かまくら)時代になると、端午の節句は男の子の日だ!と考えられるようになりました。

それは・・・

「菖蒲」と「尚武(しょうぶ)」の読み方が一緒
菖蒲の葉っぱが「剣の形」に似ている
※尚武=武道(ぶどう)・軍事などを大切だと考えること

と考え始められたからです。

中国 ⇒ 端午の節句のお祝い ⇒ 菖蒲を使う ⇒ 菖蒲=尚武・尚武の葉=剣の形 ⇒ 男の子

連想ゲームでもしているみたいですね(笑)

端午の節句が男の子の日になったのは「菖蒲」が由来だったんですね!

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この時代は菖蒲だけだったかもしれません。

ですが今では、こいのぼりや五月人形を飾ったりします。

それは一体なぜでしょうか?

この由来も見ていきましょう!

こぼれ話
これは、読まなくても良いお話です。

飛ばしたい人は、飛ばしてもらって構いませんよ^^

端午の節句は女の人の日だった

奈良時代、端午の節句は「女の人の日」でした。

それは、その頃日本で行われていた行事が関係しています。

当時日本では「さつきいみ(五月忌み)」という行事をやっていました。

これは、5月に田植えの成功をお祈りするため、女の人が家に閉じこもり体を清めるというものです。

そこへ中国から菖蒲を使って悪いことをはらう「端午」という行事が伝わってきました。

端午が伝わったことで、女性たちは、さつきいみの時に菖蒲を髪飾りにしたりしました。

このように2つの行事は、だんだんと結びついていきました。

こうして、端午の節句は女の人の日だ!と考えられるようになりました。

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なんでこいのぼりや五月人形を飾るの??

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時は江戸時代にまで、さかのぼります。

江戸時代は徳川幕府の将軍様が、日本を支配していました。

ある年の5月5日(端午の節句)に、将軍様に男の子が生まれました。

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この時代に男の子が生まれることは、とっても喜ばしいことでした。

それは、男の人しか力をもってはいけないとされていたからです。

だから、将軍様に男の子が生まれたとなれば、大喜びです!

大喜びをした将軍様は5月5日を、「将軍をお祝いする日」にしちゃいます。

これ以来、だいだい将軍様に男の子が生まれると、5月5日のお祝いをするようになりました。

簡単に言えば、お誕生日会のようなものですね。

今では、ケーキやプレゼントでお祝いします。

ですがこの時代は、「のぼり」を立ててお祝いしていました。

のぼりは、このようなものです。

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そして、「男の子の誕生をのぼりで祝うこと」は、まずお侍さんへ伝わり、次に町に住む人々へと伝わっていきました。

この時代、町に住む人は、あまりお金を持っていませんでした。

お金をたくさんもらうには、お侍さんになるなど、出世をするしかありません。

そこで庶民は、のぼりに工夫をします。

出世ができると言い伝えられていた「中国の鯉の滝登り」をイメージして、のぼりに鯉を描いたんです。

それは、鯉が滝を登り龍になったという言い伝えがあったからです。

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このアイデアが、5月5日(端午の節句)に「こいのぼり」を飾る始まりとなりました。

こいのぼりは、「庶民のアイデア」が由来だったんですね!

最後に・・・

端午の節句は・・・

端午の節句は、もともと「毎月の5日」だった
5月5日になったのは、端午の「午」と午の月(5月)の語呂合わせ
菖蒲で悪いことをはらった ⇒ 読みが尚武と一緒 ⇒ 男の子の日
こいのぼりは、言い伝えからのぼりに鯉を描いたことから始まった

端午の節句の由来について、分かりましたでしょうか?

端午の節句に込められた願いは、昔も今も変わりませんでしたね。

いつの時代も、親が子どもを思う気持ちは変わらないんですね。

端午の節句という習慣が、これからもずっと続いていくと良いですよね!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。