死ぬ勇気なんて無かった。

こんにちは、SHOでございます。いつも当ページに訪問してくださいまして、誠に誠にありがとうございます。

突然ですが僕には、死のうと思った時期があります。

もういつのことだったかは忘れてしまいましたけども、とにかく「ああ、もう死んでしまいたいわ」と思っていたのでございます。

覚えているのは死にたくなった理由くらいでしょうか。仕事を辞め、自ら事業を起こすが辛くも上手くいかず、お金は底をつき彼女に振られ、毎週のように支払いの紙が投函されてくる。

あれほど郵便屋さんのバイクの音や、投函される音に慄いた時期はありません。恐怖に耐えきれず家にいる時間は少なくなり、自然の中で何とか再起する方法も探しました。

しかし中々見つからず、ついには死にたくなってしまったのです。けれど僕は今この文章を書いている。僕はこの通り生きています。

死が怖い

死に方を検索すると、そりゃもうたくさんでてきます。よく知っているものからへー‼︎ と感心させられるものまで。

それらの方法を試す自分を想像してみても、死んでいる自分を想像する事は出来ませんでした。

それはきっと、本能的に死ぬことが怖かったからでしょう。死は起こすものではなく、訪れるものだと分かっていたのでしょう。

とにかく死ぬことが怖くて怖くて仕方がなくなってしまったのです。その瞬間から僕はもう死ぬことなんてできなくなりました。

上手くいかなかった方がマシ

死ぬ怖さより、自分でやり始めたことの方が怖くないことに気づきました。死のうと思って初めて知りました。

たかだかひとつの失敗したくらい、たかだかひとり別れたくらい、死ぬことに比べたら遙かにマシなのです。

痛みもなければ苦しみもない。ちょっとばかし心は辛くても、考えようによっては楽になります。

しかし死んでしまっては、何もなくなってしまいます。その方が怖いのです。

いずれ死ぬ

命あるものいずれ死が訪れます。どうしたって、遅かれ早かれ僕らは死んでしまうのです。

その死期を自ら早めてしまうのは些か勿体無く、残りの人生を捨て去ってまで死を選ぶのは早計なのです。

死ぬ勇気があるならば、何かを起こすことができるはずです。自ら縮めようとした時間を、もっと有意義に使えるはずののです。

死と向き合うことで、死が逃れられないものだと気づきます。そうであるならば、残りの時間を精一杯生きぬく方が良いと思えます。だっていずれ死ぬのですから。

最後に。

死にたくなったら、お問い合わせにてご相談ください。何もしませんが、話だけは聞きますので。