ブログの記事が書けない、そんな状態に陥ったから解決策を殴り書きする。

書けない。書けないのだ。キーボードに指は置ける。だがキーを打てない。起きた瞬間、ぐるんぐるん地球の自転より早く回っていた脳が止まる。ピタッと止まる。さっきまでの威勢の良い回転はどこに行ってしまったの?と問いかけたくなるほど。

そう、僕は今ブログの記事が書けない状態に陥っている。まさに泥沼だ。スランプではない、自ら嵌って抜けさせなくなっているだけだ。記事を書くことにスランプがあるのかすら疑問だし。

まあ、そんなわけだから自己内部の整理整頓をかねて、殴り書きをすることにしたのさ。文法はあってないようなものだし、中身もない。ただの殴り書きである。

ブログの記事が書かれへんのやけども。

1.同業者のブログ読み過ぎだなぁ

書けないようになると決まって、他のブログを読み漁る。いや読み漁るというか、何書いているのかさらっと見るだけだ。1時間以上は眺めていると思う。何かを吸収するわけでもなく、じーっと眺めているのだ。

これがあんまり良くないらしい。自分の思うところを書けばよいブログに、他人の意志を混ぜ込んでしまうことになる。そうなっては余計に書くことは困難になってくるのだ。自他混合状態だ。まさにごちゃまぜブログ。

解決策はただひとつ。

他人のブログを見ない、それだけ。

2.考えすぎのスパイラル地獄

何事も考えすぎはよろしくないらしい。考えすぎては行動の鈍らせ、直観力を滞らせ、活動停止状態へ体を陥れてしまう。急転直下の真っ逆さま、天変地異でがったがた状態だ。

考えすぎると自分の感覚を忘れてしまう。あれ僕ってなんだろう??結局何がしたいんだろう??こんなこと書いてどうすんだろう??意味なんかないんじゃないの??読まれやしないんじゃないの??バカなの??死ぬの??

とんでもない事になりかねないから、解決策はただひとつ。

Let it be in my heart. (心の為すがままに)

3.読まれないかもと心配になっている

これもまた無意味なことだそうで。書いたものが読まれるのか読まれないのか、そんなことは書いてみないことには分かりゃしない。書く前から読まれると分かっていれば、誰も考えないで記事が書けてしまうよ。

読まれなくて書いたことに価値がある。読まれたらラッキー程度に思っていれば良いだけなのだ。絶対読まれなきゃいけない!!読まれるための記事を書かなくちゃ!!なんて意気込んだって無駄なだけなんだ。

だから解決策はただひとつ。

読まれることは二の次、三の次。

4.他に意識が囚われている

自他ともに認める飽き性の僕。なんでもすぐ飽きてしまう。でもその先2度とやらない!!となることは少ない。そのうちまたハマりだすような、何とも良く分からない飽き性なのだ。

だから興味関心の分散が激しい。1つの曲にハマればヘビロテを繰り返し、ゲームがしたければずっとゲームしてしまうし、記事が書きたければスっと書けたりする。それが1日の中でめまぐるしく変わったりするんだ。

さっきは映画だったけど今はゲームとか、音楽聞いてたけど落語も!!とか。いろんなものに意識が分散しては囚われていってしまう。

だから解決策はただひとつ。

その都度したいことすれば良いじゃない。

5.不安で自信がない

書いてもないのに何が不安なのか、心の奥底にいつ僕が言っている。でも書けない時は何とも言い表せない不安に駆られ、自信喪失に陥ってしまうらしい。

最初から自信のある人はいないし、最初から不安のない人もいない。誰しもが両方を絶対に持ち合わせているのに、自信を持とうとしたり不安を消そうとしたりしてしまう。半強制的に持っていこうとしてしまう。勉強しなさい!!と言われ勉強のできない子供と同じような感覚だ。

だから解決策はひとつ。

着飾ろうとするな、むしろ脱ぎ捨てろ。

最後に。

なんだかすっきりした気がする。書くというのは表現。表現は自由。難しいことは考えず、ただ自分の思ったこと、好きなこと嫌なこと、何でもかんでも書けば良いんだ。

洗練を突き詰めると、簡潔になる。

――――― Leonardo da Vinci.

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